しわインタビュー

ビューガーデン 佐々木琢子さん

風の人と土の人。
紫波の風土を作る人でありたい。

ビューガーデン 佐々木琢子さん

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紫波の景色を一望、心を洗うステージ

「しわカメラ」でも紹介された、紫波の風景が眼下に広がり、
紫波がどれだけ素敵な場所なのか、ひと目でわかる「ビューガーデン」。

高村光太郎も「天然の舞台」と讃えた奥羽山脈東根山の山裾に位置する、
4.8ヘクタールの広大なステージです。

丁寧に整備された芝の広場に空が果てしなく広がる様子は、
まさに心が洗われるような気持ちになる
それはそれは美しい紫波の財産です。

今日のインタビューは、元ビューガーデン店長の佐々木琢子さん。
明るい笑顔と人柄が、ビューガーデンの心地よさにぴったりの素敵な方です。

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裸足で芝生に寝転がって

あまりの景色の良さにこの場所が選ばれ、
少しずつ手を加えながら敷地を整備、そして広げて出来てきたという
ビューガーデンのオープンは2000年の4月でした。

琢子さんが座っているのは、実は園内の大きな木に作り付けられたブランコ。
芝も気持ちよくて、裸足で歩き、木陰で寝転がりたくなるような
毎日過ごしても飽きさせない懐の深い自然の美しさがあります。

実際にここでは、宮沢賢治の親友で彼に音楽を教え
賢治全集の編纂に携わった音楽教師「藤原嘉藤治」にちなみ、
芝生に転がって生演奏を聞く「かとうじ山の音楽会」が14回も開かれてきたそう。

なんてすてきなんでしょう。

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ビューガーデンとの出会いと、行動する力

紫波町出身の琢子さんですが、一度は東京に出て暮らしていました。
紫波に帰ってきたタイミングでビューガーデンを通りかかったそうですが、
場所のすばらしさと植物とのお仕事が面白そうだと思って、
まず「働きたい」と思ってからツテを探してご縁を作ったそうです。

ビューガーデンの人を惹きつける力も
琢子さんの行動力も素晴らしいですね。

その後ビューガーデンの社長とお話してすぐに働くことになり
17年お世話になったそうです。

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紫波を離れて知った、紫波の良さは、
「もうそれだけでいい」

東京にも暮らした琢子さんですが、都会に暮らしてみなければこの紫波の良さはわからなかったかもしれません。

長年この場所にいるとつい慣れて気に留めなくなってしまうけど、
田んぼに水を張って、そこに稲が風になびいている様子。
「もうそれだけでいい」と思うそうです。

昔からの人たちの手によって開拓され、大事にされてきた土地。
汚されること無く、その姿を守って
良いお米をつくる美味しく大量の恵まれた水。

確かにたくさんの要素がなければ、いまこのシンプルな景色はないのかもしれません。

その風景がどれだけ貴重で素晴らしいものか、
都会で暮らして初めてわかるようになったのです。

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当たり前にあると思っていた水が、
全然違うものだった

特に水の違いは歴然で、都会の水道の水のあまりの美味しくなさに驚いたそう。
確かに紫波は水の良さに定評があり、そんな良い水で育った紫波の人は
都会に住むと肌が荒れるという実例も…!

琢子さんに言わせると「むしろ東京に住むと菌に強くなるのかもしれない」。
しかもハイヒールはいて1時間も電車に揺られてやっと通勤できるなど、
まさに東京の生活は「サバイバル」。

今では、しわカメラでも紹介した、そしてまさにこのビューガーデンのお隣りにある「水分神社」の裏手で、木々と話すようにご神木の前に佇み、落ち着いた時間が持てるようになりました。

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風の人と、土の人

岩手県人に親しまれている宮沢賢治ですが、
彼の「生徒諸君に寄せる」の一説について教えていただきました。

「諸君はこの颯爽たる
諸君の未来圏から吹いて来る
透明な清潔な風を感じないのか」

そして、それはかつて親交のあった八ヶ岳倶楽部の故柳生慎吾さんの言葉に繋がります。

土地は昔ながらの歴史を重ねて作ってきた地元の人、つまり「土の人」が作り、繋げてきたものですが、
時に外から来た人、つまり「風の人」が、水の良さなど元々地元にあるものの素晴らしさを気が付かせてくれる。

つまり、土の人に、風の人が新鮮な気持ちをかます(岩手の言葉で”耕す”の意)ことでさらに力が発揮されて、「風土」が作られていく。

このすばらしい考えを大事に、
まさに周囲のみんなを幸せにしていけるような風土を作る人でありたい。
そう語った琢子さんの言葉が、とても印象的でした。

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